2023/12/18 17:21



12月8日~10日、クアラルンプールで開催された『KL ART BOOK FAIR』に行ってきました。

クアラルンプールは東南アジア有数の世界都市のひとつに数えられる、マレーシアの首都です。
近隣の大都市でいうとシンガポールの近くで、日本からは飛行機で7時間ほどの距離。時差は1時間。
...と、比較的行きやすい常夏の地でもあります。



人口を構成するのは、大きく分けて「マレー系」「中華系」「インド系」の他民族社会。
街に出るとレストランやカフェもそれぞれのルーツのものが並んでいます。

言語的にはそれぞれの母語に加えて公用語として英語が使用されています。
よほど年配の方でなければ英語での会話になります。
物価は食料品を見る限り日本よりやや安く、宿泊に関しても同様なので日本人旅行者にとってはかなり優しい土地です。



今回の遠征は北京でトランジットしたため、日本を早朝に出発して現地に着いたのは夜0時頃。
市中のホテルが予約サイトで "24時間対応" とされていましたが
「そんなん信じられるか。野宿になったら困る」
と思い、その日は空港にあるカプセルホテルで休むことにしました。
空港のカプセルは予想に反して日本の低価格カプセルホテルよりもきれいな設備&ベッドルームも広く満足でしたが、シャワールームだけは脱衣所なしの、シャワーのある壁の取っ手に荷物をぶら下げる "海の家スタイル" で「あ~。海外来たな~」という気分を味わえました。




翌朝からエアポートトレインで中央駅へ移動。空港からは30分強で中心地へ行きます。
車窓からは、熱帯の植物が生い茂る密林がしばらく続きますが、それもすぐさま都会の風景に変化します。
到着した中央駅は巨大なショッピングモールが併設され、ここを基点に地下鉄やモノレールが走ります。
ブックフェア会場へと繋がるモノレールは5~10分にひとつはある感じで、乗車料金もそれほど高くないので交通の便は良。また、タクシー配車アプリもかなり使いやすそうなので、いろいろと動くならそっちでもいいかもしれません。




さて本題のブックフェアですが、出展は全部で88ブース。
広さは Tokyo Art Book Fair でいえばだいたい『ZINE’s MATEエリア』のみ、くらいをイメージしてもらえるとわかりやすいかと。

マレーシアのローカル出展者のほか、タイやシンガポールなど近隣の東南アジアの国からの参加者でほぼ構成され、それに加えて中国など東アジアから数ブース、日本からは僕らcrevasseと写真集出版社のLibroArteの2ブースでした。

2021年に立ち上がった若いイベントということもあり、規模的にも種類的にもローカル色が強めの、中規模には満たないくらいのフェアです。




各ブースに並んだ商品を見て回ると、本のほかにポスターやステッカー、プリントバッグ、はたまた缶バッジ...時には似顔絵を描いているブースもあるといった具合で、この辺りはアジアのアートブックフェアでみられる傾向。

むしろブースに ”本しか” 持ってこなかったのは日本から来た僕らとLibroArteさんだけでした。

ほかにもリソプリントを押し出したブースが多かったり、販売してると来場者に「本の写真を撮っていいですか?」と頻繁に聞かれるのもやっぱり同様の傾向で、今まで経験した中で喩えると「台北のアートブックフェアの小さい版」といった感じです。




お隣のブースは Singapore Unbound という「シンガポールとアメリカの文学/社会をテーマに対話と文化交流を...」といったコンセプトのチームだったため、400ページはある英語のテキストブックを取り扱っていましたが、あまりに反応が芳しくなくて2日目の途中で帰ってしまいました。

こうした現象は彼らの本が悪いわけでも、はたまた観衆が悪いわけでもなく、アートブックフェアを開催しますよと言ったときの「アート性」を来場者/出展者がどこに見出すか、といった差異のように感じます。

ここでは多くが印刷や手仕事など技術・技法に「アート性」を見出していて、それは真偽の問題ではなく、もともとアートが多義的に捉えられるがゆえに起きること。
喩えて言えばカレーみたいなもので、多種多様なスパイスによって作られた混合物であるがゆえに、ある場所では辛いカレーが好まれたり、ある場所では魚カレーが求められたり、よりスパイスが効いたカレーが良かったり...。逆にそれに当てはまらないと「食べたいのはこういうカレーじゃないんだよなー」となってしまう。





対面販売で接しているとお客さんがラインナップを褒めてくれることがあり、そこで選択される語彙のニュアンスが土地土地で微妙に異なるのが面白くて収集しているのですが、たとえば僕らはニューヨークに行ったときには「beautiful」「crazy」といった語彙で褒められることが多くありました。

「cool」と褒められることはあっても「hot」とは言われません。

一方、日本にいると「beautiful」と表現されることはほとんどありません。
もうちょっと「ディープ」だったり「ヤバい」に語彙のニュアンスが偏っていきます。

これまで僕は「そういうふうに見えるんだな」と、客観的にどう見えているのかの判断材料として受け止めてきました。
しかし、誉め言葉は一見相手に向けているようで、同時に実は「私はこういう価値に重きを置いて判断する人間ですよ」という "お客さんからの告白" でもあるのかなと思います。
アートブックを通して本質的に何を買っているのかを考えると 「"これを買う俺"が買えるもの」「そうありたい自分が手に入る」ものとしてあるのかもしれません。




こうした前提の違いは、その社会が長らく何を評価してきた社会なのかによっても変わってくるだろうと思います。
チャレンジするひとに評価を与えてきた社会では、アイディアや革新性が素晴らしいことの理由になるだろうし、勤勉な努力が評価されてきた社会では、手数や努力を基礎とした「出来」が素晴らしいことの理由になるでしょう。




僕らのテーブルでは〈LES FÉES PAPILLONS〉は、こうしたクアラルンプールでのバリューネットワークに対して、ストレートな意味で高水準に応えたため人気でした。
Sock Poems〉〈Burnt Words〉〈mountain〉は、アイディアが「どうしたら本になるのか」、技術ではないところにそのアート性があることを明快にプレゼンしているため驚きを与え、「Interesting! 」と反応されて、特にフェアスタッフの注目を集めていました。逆に、写真集のうちモチーフにアート性がある〈DRAGGED AROUND BY MOTORCYCLE〉などは、もともと写真カテゴリに興味がある層に刺さるけれど、反面、興味が越境することは少なかったように感じました。

この辺りの傾向は学べたので、次回があるならテーブル上の本のセレクトの割合を『興味の越境』が起きるように全体を調整するのが課題かな、というところです。



今年の11月から年末にかけて、日本から台北・韓国・バンコクのアートブックフェアに遠征する出展者が増えてきました。
身近なひとたちもたくさん遠征していて、SNSを通じてその様子を追っていました。

多くの国で入境制限がおおむねコロナ以前のレベルにまで下がってきています。
これから中国へのビザ無し渡航が解禁になればいっきに選択肢は増えるでしょう。

みんなの海外遠征が普通になってきて、その分僕らが目立てなくなるのは少しさみしく思うけど
「アートブックやってるってことは海外行ったりするんでしょ?」
と受け止められるくらい、当然のことになっていったらいいなと思います。






【KL ART BOOK FAIRで仕入れてきた本】



[開催情報]
KL ART BOOK FAIR 2023
https://linktr.ee/klartbookfair
日時:12月8日(金)〜12月10日(日)
会場:@クアラルンプール/KLSCAH




帰りの便が、北京で雪に当たってしまい足止め。
夏→真冬への落差が半端なかった。
(離陸前に飛行機に積もった雪を落としている図)